《失敗の本質》戦慄の形式主義——目的は感染を防ぐこと。PCRの同意書をとることではない【岩田健太郎教授・感染症から命を守る講義㉑】
命を守る講義㉑「新型コロナウイルスの真実」
なぜ、日本の組織では、正しい判断は難しいのか。
なぜ、専門家にとって課題との戦いに勝たねばならないのか。
この問いを身をもって示してくれたのが、本年2月、ダイヤモンド・プリンセスに乗船し、現場の組織的問題を感染症専門医の立場から分析した岩田健太郎神戸大学教授である。氏の著作『新型コロナウイルスの真実』から、命を守るための成果を出すために組織は何をやるべきかについて批判的に議論していただくこととなった。リアルタイムで繰り広げられた日本の組織論的《失敗の本質》はどこに散見されたのか。敗戦から75年経った現在まで連なる問題として私たちの「決断」の教訓となるべきお話しである。
■「同意書を取らなきゃいけないから、取る」というトートロジー
ダイヤモンド・プリンセスの船内では、感染の有無を調べるために、乗客・乗員にPCRを受けてもらっていました。その際に検疫官が、「PCR検査の同意書を取る」と言って、紙の同意書を用意していたんですね。
それを見て、ぼくはびっくりしました。
だって、紙の同意書を取るということは、感染が疑われる3000人以上の方に同意書を渡して、サインしてもらって、受け取るわけですよ。明らかに、検疫官に対する感染リスクですよね。紙との接触を介して感染が起きかねない。
だから「同意書なんてやめたらいいのに」とぼくが言ったら、検疫官は「いや、検疫所では紙で同意書を取るものですから」とか言うわけです。
いやいや、「取るもの」だから取るんじゃなくて、目的は感染を防ぐことじゃないですか。
検疫官が感染を起こさないためにはどうしたらいいか、という発想が大事なのであって、「私たちは今までこうやってきました」なんて習慣とか常識は関係ない。
だけどあの人たちは形式主義だから、「紙で同意書を取ることになってるから、同意書を取る」というトートロジー、同義反復に陥ってしまっているわけです。
そして、実際に検疫官が何人も感染してしまっていたことが、後に分かったわけです。そんなことになる前に同意書なんてやめればよかったのに。
こういうときには、「PCRやりますが、いいですか?」って口頭で許可を取ればいいだけだったんです。
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